フランス山を下ると堀川に架かった歩道橋にさしかかる。川面には無数の水クラゲがふらふら浮かんでいる。もうすぐ昼。もうすぐ終点だ。

 
人形の家の裏を越えて、スターホテル横浜とホテル・ニューグランドの間の横道を抜けると、イチョウ並木の公園通りだ。太陽は眩しく真っ白に照りつけて、アスファルトから陽炎が上っている。俺の足の裏もかなり熱い。


 茶虎バッパが教えてくれた。
 「道路を横切るときはな、信号いうもんがあってな、赤色が光ると車が止まる。」 

 俺は知ったかぶりをして「そしたら一目散に走ればいいんだろ」と先回りして言うが、茶虎バッパは、しめたと首を横に振る。

 「それが危ない。すぐ別の方向から車が動くからな、ちっとは落ち着くことが肝心だ。それに、もともと猫は赤とか青の区別が苦手だからね、三つの中で一番上が赤なんだよ」


  「じゃあ、また一番上の赤色が光ったら………、」と聞くと、「お前はまだまだ若い。あちきは公園育ちだから道路遊びが得意だったよ」

 ここですかさず褒めないと黙ってしまうから「茶虎バッパの素早さは天下一………、」とよいしょすると、満足げに鼻を膨らまして、もったい付けて目を閉じる。


 「昔はな、・・・そりゃ素早かったよ。それに、一寸した秘伝があるんだよ。簡単だから覚えるがいいさ」と話を続ける。「おんなじ方向に渡る人を見つけて斜め後ろに着いて行けばいいのさ。でもな、夜の暗闇はちょっ難しい」

  「肝が座って無いと却って危ないね。素人猫は怖がってキョロついて目を開いているから、車のピッカリで目が眩み、ひかれてしまうのさ」

 これはもう何回も同じ事を聞かされているけれど、ナーンダという顔付きでもすると、これは知らなかったろうとむきになるから、俺は黙って聞いている。 


  「お前は孝行もんだからな………、」いよいよ教えてくれる。
  「あちきの秘伝はな、左右を確認したら、目をつむって、隙に向かって一目散に走るんだ」俺は教えられたように、しっかり目を閉じて走る真似をすると、茶虎バッパは顔をくしゃくしゃにして喜んだ。

 
信号も無事に渡って、海辺りの公園に着いた。