クリスマス・ツリー…………。     

  十一月に入った。気の早いメジロが飛んで来て、赤く熟した柿を美味しそうにつついている。日中は空高く晴れ渡った小春日和でも、日暮れになると、いきなり冷たい風が吹いたりして肌寒い。

 この頃になると毎年恒例のクリスマス・ツリーの飾り付けがはじまる。

 それは終戦後の復興が目覚ましい昭和三十年代の半ば、富士の裾野で掘り出された枝振りのよい大きなもみの木が本館の正面に移植されて、それから毎年、もみの木のデコレーションはひときわ華やかに輝いて、今日まで途切れることなく続いている。

 閑静な住宅地には不似合いかも知れないが、なんでも先代がニューヨーク・マンハッタンのビルの谷間で見たイルミネーションのツリーを忘れられなくて、取引先の外人バイヤーを接待するのに始まったと伝えられている。

 昭和31年、日本の猫クラブの発足?「キャットショー」 
                  
 今では十メートルは優に越えてるもみの木の回りに何人もの職人さんが集まって、上を見上げながら段取りを決めている。

 何か面白いことがありそうだと、用事も無いのにおしゃべりカラスのガ太郎がやってきた。カラスの癖に腕組なんかして「私なら高いところでも平気だ」なんて威張ってカッカと鳴いているが、本当は、滅多なことでは平屋の屋根すら飛ばないのだ。隣近所にお知らせしようとケンケン走りで立ち去った。

 こんなときは猫の手でも借りたいだろうが、俺はすることも無いので、日向ぼっこをしながら見ていた。

 でっかいクレーン車から太いロープで若い男の人が釣り下げられて、もみの木のてっぺんに近付こうとしている。下では二人がかりで、細いロープを手繰って手助けをしているのだが、時々トランシーバーで怒鳴るように話す。 
      
「おめえは鳶になって何年になるんだ、どうぞ」

「五年すけど、落下傘部隊に入ったみたいすよ、ハイ、どうぞ」

「しゃあねえよ、おめえは一人身で一番気楽なんだから、・・・どうぞ」          
 「おっしゃいますが、何かあったら泣く娘が五万といますよ。・・・おっおっ、揺れる」

 「すっとんきょうな声出してねえで、目がくらんじまったら、三橋美智也でも歌え、どうぞ」

 「とんびがくるりと輪を描いた、ホーイのホイと・・・バーカなことさせないで下さいよ、根が正直なんすから、ハイ、どうぞ」   
        
 「ぶきっちょだなお前は・・・ドテラを着てるんじゃねえのか、どうぞ」

 「そんなことないっすよ、秘密兵器のダイビングジャケットでナウインすよ、ハイ、どうぞ」

 「ようし、てっぺんが決まったら少しづつ下げっからな、どこかにへばり付いて命綱巻いたら合図しろ、どうぞ」

 「木のテッペンは風があって揺れるんですよ、もう終りますよ、ハイ、どうぞ」口々にいろんなことを言って、こんな会話がなんの役に立っているのか分からないが、「どうぞ」だけが妙に耳に残る。

 若い鳶職さんは途中で二回下りてきた。温かい甘酒とお汁粉が出されて、一口ごとにすすっては「極楽、極楽」と言って、うまそうに食べている。

 俺を見てチュッチュッと舌を鳴らして手招きするから、なんだろうと近付いていった。

 「でっけえ猫だな、貫禄もていしたもんだぞ」と巻き舌で、俺の自尊心を満足させて、頭をなでて膝に抱き上げてくれた。    

 「お前はこんな広い家に住んで美味いもの喰って、この幸せ猫め、幸せ猫め・・・」って、軍手を脱いでゴシゴシ荒っぽく撫でてくれたけど、もしかすると冷たくなった手を温める湯たんぽの変わりだっのかもしれない。

 「俺と一緒に木に上るか、見晴らしがいいぞ」と、本気のようなからかうように誘うが、俺は上るのは得意だが降りるのは苦手だし、自分で飛び降りられないような高さには登らないことにしているから知らん顔をしている。
 
 しばらくすると、若い職人さんは追い立てられるように一番高いところに登らされていた。

  それから植木職人さんが二人、針金と枝打ちの屶を腰に付けて、もみの木に掛けた梯子を登って、一人はてっぺん近くまで、もう一人はそのずーと下で、小さな電気の球の付いた細い電線を張った。

  昼からはじめて日の落ちかけた五時頃に終了した。

 これも毎年の恒例で、本館のオバアチャマが電気のスイッチを入れた。これから毎日見ることになるが、この時ばかりはまぶしくて目が眩んでしまう。       

 茶虎バッパに言わせりゃ、「キリスト様の誕生日だからって、あんなのは西洋かぶれってもんだよ…………、」と日本猫魂を発揮しているが、バッパは大勢の人がやって来るのは嫌いなんだ。 日本のノラ猫は人が嫌い? 

 「去年のクリスマスなんかはオートバイで乗り付けた若いアベックが、門の前でアチキの見てるのも気にしないでキスなんかしてデレデレしてたよ。世の中も変わっちまったね」と溜息をつく。

猫に見られてキスを止める若者なんて昔からいないだろうが、俺は何だかウキウキしちまって、茶虎バッパに見抜かれないように首をすくめている。

 だって、クリスマスになるとお客さんがいっぱいやって来るし、お余りの七面鳥やローストビーフがたらふく食える・・それが待ち遠しい」


全編はこちらから HOME