俺は、これは大切な話だと息を呑んだ。

 バッパはしばらく黙ってから、「あちきは飼い主に捨てられてから何回も赤ちゃんを生んだよ。いつも冬の終わりには赤ちゃんを抱えていた」と、話しを続ける。

 「でもね、オッパイが出ないときは生れてすぐに死んだこともあったし、ちょっと留守にしたら全部の赤ちゃんが消えてたこともある」           
 そんなことがあって、バッパは赤ちゃんを生むと、誰にも見付からないように、すぐに寝場所を移動したそうだ。一匹運んでは急いで戻って、次の子猫をくわえて運んだんだ。それがノラの子育ての知恵らしい。 

 「どっちにしても、みんなあちきより早く死んじまったね・・・」
バッパの縄張りだった公園辺りは、食べて生きていくことはできても、赤ちゃんを育てるために必要な栄養はとれなかったのだ。

 「最後の赤ちゃんだけはどこかで生きているかも知れないね………、」と、鼻をモグモグさせるから、俺は何回も強くうなずいた。
 「あのときは・・・、二匹の赤ちゃんと公園の外れの木の茂みに隠れてたら、ちょくちょく見掛ける背の高いドイツ人の奥さんが、泣き出した赤ちゃんをみつけて連れて行っちまった」

 
茶虎バッパは赤ちゃんのことはすぐに忘れるようにしていたのに、年とってから時々昔のことを思い出すようになったと言う。

 「あちきは一旦は逃げ出したけれど、いなくなった赤ちゃんのことが心配で、その辺りをうろうろしていた。それから毎日、夕方になるとまぐろの缶詰が置いてあって、餌には困らなくなった。いつの間にか、ドイツ人の奥さんに気を許して、頭をなでられるとゴロゴロするようになっちまったよ」    
 根っからの野良猫なんて、そんなにいるものでは無い。誰かに捨てられて、生き延びる為に人から隠れる知恵をつけた。でも、本当に心の優しい人に出会うと、猫だって甘えたくなるんだ。
         
 「雨上りのある日、いつものように餌を貰って頭を撫でられていたんだ。あっと思ったら、小さな木箱に入れられて、消毒の匂のする獣医さんのところに車で運ばれたのさ、・・・散々暴れたのは覚えているけど、麻酔から覚めて気が付いたらお腹を切られていたよ」    
  
 「あんまり痛くはなかったよ。それに、もう赤ちゃんは生まないんだ、そう思ったら何だかほっとしたんだ」本能だからといえばそれまでだが………、茶虎バッパは好きで赤ちゃんを生んでたんじゃ無い。 

 「しばらく病院にいたけど、ドイツ人の奥さんと知り合いだったお嬢さんが迎えに来てくれて、この家に連れてこられた。でもね、外の生活になれているし、家の中は嫌だからいつも抜け出そうとしていたら、お嬢さんがこの雨除け付いた犬小屋を買ってきてくれたのさ」悲しそうだった茶虎バッパの表情が少しほころんでいる。やっと安らげる場所ができたんだ。

 「ここにいることに決めたのさ。ここは天国だからね」茶虎のバッパは話し終わると安心したように眠ってしまった。

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