梅雨…………。

 茶虎バッパの病気は治ったけれど、近頃は「あちきはあんまし永くはないよ・・・」が口癖になった。もっとも、それはへそを曲げるぞと云う合図で、絶妙のタイミングで使われる。

 「そんなことないよ、まだまだ元気だよ」などと下手に慰めたり、”また始まった”と含み笑いでもしようものなら、もう金輪際お前とは口を利かないよとばかりにそっぽを向いてしまう。

 それでも、こんなことを教えてくれた。
 「あちきは猫に生まれて良かったよ。猫だからあれこれ考えないでいられる、何にも考えないのは天下泰平さ。人様はいつも済んじまったことや次のことばかり考えている。
 何を食べようか考えるときも、やっぱりステーキは国産牛だ、鮨は大トロだって、そんなこと考えたって腹の足しにもならないし、腹に収まればみんな一緒なんだ。生きるも死ぬも、考えたってどうにもなりゃしない。
・・・大切なのは今だよ、今どうするのか、それだけが生きてるってことさ」
   
 俺の嫌いな雨の日が続いて、紫陽花の緑の葉にへばり付いた雨蛙が偉そうにケロケロ鳴いている。くちなしの花から甘ったるい匂いが広がって、葉っぱと同じ色の大きなイモ虫が、メリメリ音を出すように葉っぱに穴をあけていく。あのイモ虫にちょっかい出すと青臭い汁を出すから苦手だ。

 明日のことを考えてるとバッパに叱られるかも知れないけれど、俺はリビングルームの床に寝そべって、晴れたらいいな、晴れたらどうしようかと明日の予定を考えていた。

  そうしたら、風向きが変わって海風が吹いてきた。いつの間にか雨雲が遠くに去って夕日が空を赤と紫に染めた。雨上がりの夕焼けは久しぶりだ。

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